ベトナム中部の都市“フエ”で日本酒を作る!フエフーズ・ジャパン
プロフィールにも書いていますが、いい加減で飽きっぽい正確の為、転職の数といったら、両手と片足の指くらい。。。
その中でも南青山にオフィスのある、高柳写真事務所には10年間お世話になりました。
と言う事で写真を取るのが少しだけ上手です。
先月、IT系の会社を退社したのですが、撮影の仕事だけは続けさせて頂いています。
今後、暫く、私のブログで紹介させて頂きますが、まずは、フエフーズ・ジャパンとは。。。から
フエフーズ・ジャパン株式会社の母体は福岡県朝倉市に本社を構える、日本、アジアで建設・砕石事業を展開する「サイタホールディングス」です。
何故、九州の建設業者遠く離れたベトナム中部の都市“フエ”で酒造りをする事になったのか・・・
このお話をするには四半世紀ほど時代遡る必要があります。
サイタホールディングス会長の故才田善彦氏が初めてベトナムを訪れたのは、1993年(平成5年)の事です。
本業の砕石事業の視察の為に訪超したベトナムではその季節、農作業の最盛期を迎えていました。
海に突き出した美しい景観で有名な海雲(ハイヴァン)峠からフエに向かう途中、黄金色に染まった一面の田園風景を目にして善彦氏は、この豊かな米を使い何か出来ないか?と考えます。
この偶然の出会いがベトナムでの酒造りのきっかけになるのですが、実は、若い頃から酒造りに対して憧憬の念を抱いていました。
日本では新規に酒製造業に進出する事は免許の関係で不可能だった為に、諦めていたのですが、ベトナムで豊かな田園風景を見て「この国だったら、夢が実現するのでは?」と思い、酒造りプロジェクトが始動しました。
さっそく、何人かの蔵元に相談をしてみましたが、彼らの回答は一様に「ベトナムは気温が高いので、日本酒造りは無理。」でした。
善彦氏は、それでも、諦めずに「何かしら方法があるはず」と酒造りに関して学び、四季醸造(空調設備を使い、1年通じて醸造を行う)と言う技術に出会います。
ベトナムと言う暑い国でも、この四季醸造と言う技術を使えば、日本酒造りが出来るはずだ!
その後、酒造りに適したベトナムの米を探し、友人の蔵元の協力を得て試験製造を繰り返し、「これなら、勝負出来るのでは!」と言うところまで辿り着きます。
そして、1995年12月に投資許可を貰い、いよいよ、外資100%のフエフーズカンパニーが誕生します。
善彦氏は「日本、海外に限らず、仕事をするなら相互信頼のもとでやっていこう、相手を大事にし、相手を育てていけば、相手からも同じように信用、信頼してもらえる。結果として企業が成長していくことにつながる」と言うポリシーを持っています。
ベトナム人に日本の伝統的な酒造りを指導するのが大変だと言うことは、予め理解しています。
予想に反して、苦労をしたのが、スタッフとコミュニケーションを取ることです。繊細な酒造りでは、ベトナム人に細かなニュアンスを伝える必要があります。
言葉はベトナム語か日本語か?英語か?
指導するのは、日本人なので、当然日本語を使えれば良いのですが、ハノイやホーチミンと違い、フエで日本語が堪能なスタッフを採用する事は簡単ではありません。
結局、日本語学校の卒業生を採用し、長い目で養成していく事にしました。
フエフーズカンパニーがスタートして、23年の月日が流れました。
今では、日本人2人とベトナム人スタッフ×約80人が力を併せ、日本の伝統的な方法で酒造りをしています。
現在、清酒、焼酎を製造し、清酒はベトナム国内に出荷、焼酎は日本やタイなどに出荷しています。
フエの豊かな自然の元、丁寧に作られた日本のお酒がアジアに名を馳せる日が来るかもしれません。