海外では体調管理や事故に気をつけましょう。死んじゃったら終わりです。
フエでの2日間、炎天下の撮影でスキンヘッドのテッペンを陽に当てすぎたのか?
朝から、心拍数が高いです。
Fitbitを付けているので、正確な数字が分かります。
普段、PCに向かっていたり、安静時には数値が“60程度”なのですが、120を行ったり来たりしています。
これだけ、高いと自分でも、動機の激しいのが分かります。
53歳になると、病気や事故で既に無くなった友人もいます。
日本人男性の平均寿命は80歳を超えている様ですが、若い時にメチャクチャな生活を送っていたので、そこまで長生き出来るとは思っていないのです。
今、考えると、夢だったのか?と思ってしまうのですが、日勤と夜勤を同時にこなしていた事もあるのです。
昼間は外工事の仕事でした。
午前8時くらいから作業がスタートして、終わるのが午後5時です。毎日がハードすぎて、何の仕事をしていたのか?思い出すことが出来ないのですが、そのまま、夜勤の仕事がスタートするのです。
夜勤明けにスポーツクラブでシャワーを浴び、そのまま工事の仕事に行きます。
48時間ぶっ通しで働いた事がありますが、当時は、“ハイ”になっていたのか?全然、疲れもせずに働いていました。
こう言った無茶は年をとるとジワジワと出てくると言いますね。。。
空手倶楽部の手伝いをしている頃は、家に帰らず、浅草橋の雑居ビルの道場に寝泊まりをしていた事もあります。
(その頃は家内との関係がうまく行かず、帰る事が出来なかったのです。。。)
雑居ビルには、大家さんも住んでいるのですが、こちらは道場として借りているので、寝泊まり厳禁なのです。
窓を締め切った古い雑居ビルの室内ですが、夏は昼間の熱気をそのまま溜め込み、ものすごい暑さです。
エアコンを使うと、道場にいるのがバレてしまうので、ウレタンのマットの上にゴロッと寝転がるだけです。
それでも、毎日、疲れ切っていたので、熟睡していました。
朝起きると、一切、吸水性の無いマットの上に大きな汗溜まりが出来ていました。
冬は寝袋に包まり、寝ていました。
その頃の事を思い出すと、本当に良く行きていたなーと我ながら感心します。
これ以上、辛い日々は今後の人生で無い事を祈ります。
この頃は、時々、
“しんどいな〜”
“生きていても辛いだけだなー”と思いました。
でも、ホーチミンでの今の暮らしは全く逆なのです!
今、死んじゃったら困ります。
やりたい事が山程あるのです。
病気もそうですが、バイクの事故にも気をつけなくてはいけません。
無茶な運転をするので、過去、ホーチミンで2度大きな事故を起こしています。
今はまだ絶対に死ねない!
動悸が収まらないので、午後8時にベッドに寝転がりましたが、雨の音で起きました。
時計を見ると午後11時。
何時もは、まだ、賑やな時間帯ですが、大雨でひっそりとしています。
一日でも健康体で長生きをしなくてはいけません!