300本ブログを書いて初めて見えてきた事。マンネリから抜け出す為にはブログを書くべし!
昨日の記事が300本目だったので、当たり前ですが、今日で301本目になります。
何となく見よう見まねで始めたブログですが、300本書いてやっと見えてくる事があります。
300本とは言わなくても、これは実際にある程度ブログを続けた人にしか分からない事だと思います。
ブログには様々なジャンルがあります。
・料理を食べ歩きレポートを書く
・誰よりも早く芸能ネタを書く
・AdSenseやWordPressなどのテクニックなどを書く
私のような雑記もあります。
私も当初は、レストランに行く度に写真を撮り、何処の何が美味しい。。。と書いていたのですが、“食”そのものに、拘りがある方では無いし、ましてや今“たった3軒”のレストランの、メニュー約5種類程度をローテションで食べ続け、毎食“美味しいな〜”と感激している有様なのです。
なので、私のブログは、いつの間にか、写真付き日記の延長のようなものになりました。
ただ、1年近く続けて発見した事があります。
日常での気づき
家を出て駅まで徒歩10分の道のり。
ある日、駅に着いた時に、突然、
“家から駅まで来る途中、何か変わった事ありましたか? 何か、面白い物見つけましたか?”
と聞かれても、殆どの人は“いつもと変わらない通勤路”と答えると思います。
よほど、ラッキーで無い限り、前を歩いていたミニスカートのお姉さんが、スマホを落とし前かがみで拾う♥とか、眼の前に1万円が落ちているなんて事は起きません。
先程書いた様に私のブログは“雑記”です。
日々の生活の中で、見聞きした事、感じたことをブログネタとして、頭にストックしていきます。
ブログを書く事は仕事ではありません。
頻繁に更新する必要は無いので、必死になってネタを探す必要もありません。
ただ、1年近く、300本も書いていると、“ネタを探す”事が生活の一部になってきます。
そうなると、目に入る物や身の回りに起きる何でも無い事でも、全てに注意を払う様になります。
馬鹿の一つ覚えで毎日通うレストランでも、足元にいる猫のお腹が大きい事に気がついたり、何時もより野菜の鮮度が良かったり、何時もよりオバちゃんの化粧が濃かったり。。。細かな事に気がつく様になります。
5種類の料理を毎日ローテーションで食べていますが、料理に集中して、気を遣い食べると、食材の切り方が違ったり、味付けが違う事にも気づくので美味しいのです。
これはレストランでの一例です。
一日の全ての行動を“意識”して過ごすと、当たり前の何でも無い事が輝いてきます。
別に、毎日、高級レストランに行き、特別な娯楽を探す必要は無いのです。
意識一つで、質素な生活の中から幾らでも“幸せ”を見つけ出す事ができます。
なので、私は一人暮らしをしてから、ずーっと、キョロキョロしながらニコニコしているのです。
もう一つ、気づいた事があります。
論理的に物事を考える
ブログを書くためにはキーボードを叩きます。
テキストを入力している“箇所”にはカーソルがありますね。
テキストを入力して、スペースキーで変換していている部分です。
私は比較的に手先が器用なので、文字の入力が早いのですが、ブログを書いている時は“カーソルの位置”に意識がありました。
それが、最近はカーソルの位置以外に“前”と“後ろ”にも意識が行く様になりました。
“前”は既に入力が終わった部分ですね。
新たにテキストを入力しながら、頭の中で、向かって左側の書き終わった部分を校正しているのです。
“後ろ”と言うのは、分かりにくいですね。
だって、“カーソルの後ろ(右側)”って、これからテキストを入力するので、何もありませんね。
これが、見える様になってくるのです。
もう少し分かりやすく書くと、人と話している時に、口から出ている言葉とは別に、“次に話す事”を考えてる状態です。
逆いっこく堂とでも言いましょうか。。。
どんなに些細な事でも、“現在”に対して、“過去”と“未来”を同時に考えられる様になりました。
自己啓発の本にも、成功したブロガー達の本にも、必ず書いてある事です。
“実行しなければ、何も起きない”
今、私の中で、人様を分けると
“ブログを書く人”
“ブログを書かない人”
です。
書いている人が偉いと言う事ではありません。
たかだか、Web上での公開日記のような物ですからね。
でも、会うたびに、“何か面白い事な〜い?”と言う人が良くいますね。
だったら、ブログでも書いてみればと言いたいのです。
頭の弱い私でも、気がついたのです。
普通の方だったら、100本も記事を書けば、何かしら変化があると思います。
真面目くさってこんな事を書いている私ですが、来週の火曜日に22歳の女の子とを食事に行くのを楽しみにしているのです。。。