ワタクシ昭和の暑苦しい先生ですから。
昭和40年生まれですから、学園ドラマ世代です。
「われら青春」「飛び出せ青春」「ゆうひが丘の総理大臣」「金八先生」・・・リアルタイムで見ていませんが、「青春とはなんだ」などなど・・・今の若者が見たらどう思うのでしょうかね?
私の場合テレビだけでなく、中学校の時に担任して貰った先生がまさに熱血先生でした。
その影響を受けているのでしょうか?
私も実習生に対しては必要以上?に熱いのです。
学校側が実習生の為にならない選択をした?と思った時はベトナム人の役員に食って掛かりました。
コロナ前は5時に仕事が終わり、その後、実習生と一緒に食堂で夕飯を食べ、18〜22時まで補習授業をしていた事があります。
勿論、残業代なんて請求しませんよ。
補習授業の対象は日本語が「下手っぴ」な実習生です。
その時、通訳としてあるクラスの生徒たちが30分交替で手伝ってくれました。
22時に終わると、生徒たちが夜食に誘ってくれます。
学食でゆで卵やラーメンを食べるのです。
私の為に作ってくれて、誰かがお金まで払ってくれるのです。
ラーメンを食べながら、日本語でバカ話をしていると、アパートに着くのが23時になってしまいます。
時々、既にアパートが施錠されて、締め出され焦りました。
補習授業が一通り終わったので、ある土曜日の午後、手伝ってくれた生徒を連れてラーメンを食べに行きました。
彼らからしてみれば、生まれて始めてのラーメンです。餃子に唐揚げだって始めてです。
メニュー選びからみんなでワイワイとても楽しそうでした。
会計の際、金額を見てびっくりした生徒がホアンキエム湖に誘ってくれました。
今はコロナの影響で生徒たちは一切外出禁止なのですが、以前は土曜日の夕方〜20時まで好きな所に出かける事が出来たのです。
ホアンキエム湖に着くと、数人の生徒がコンビニに入り買い物をしています。
出てきた生徒から袋を受け取ると、中にドライフルーツが入っていました。
授業中に「私が好き」と言ったのを覚えていてくれたのでしょう。
ラーメンのお礼にわざわざ買ってくれたのです。
外国人である、私と何の支障もなくコミュニケーションが取れるのです。
これは本当に嬉しい事です。
それから、湖の周りを散歩して、道端の店でベトナムのお茶を啜りながらひまわりの種を食べました。
また、実習予定の会社が倒産したり、次に決まった会社にもなかなか行くことが出来ず、「先生、もう学校を辞めたい」と3人から相談を受けたこともあります。
リーダー格の生徒の家は学校からも近いので、両親に会って話そうと思ったのですが、これは流石に学校の許可を貰う必要があるかもしれません。
「よし!日本料理を食いに行くぞ!」と、これまた3人連れて、お好み焼き屋に行きました。
この店はお好み焼きだけでなく、刺し身、ラーメン、串焼きなど一通りの美味しい料理があります。
4人だったので個室に通して貰います。
彼らも生まれて始めての日本料理店です。
もじもじ、遠慮しているので、片っ端からオーダーします。
ここで面白い事がありました。
オーダーを取りに来たベトナム人スタッフの日本語があまりにも流暢なので、生徒3人は彼女を見上げ、口が開いてしまいました。
「どこで日本語を勉強したんですか?」
「日本に行った事があるんですか?」
ベトナム人同士なのに、日本語で質問しているのが面白いです。
おまけに敬語です。
刺し身はちょっと・・・と言っている生徒に「い〜から、一口食べてみな!」
生徒は恐る恐る、醤油をつけ、口に運びます。。。
・・・先生!ヤバイ!
この「ヤバい」は私が教えました。
刺し身をペロッと平らげ、串焼き、お好み焼き・・・最後は「もうお腹一杯です」と言う彼らにラーメンを無理やり食べさせます。
この生徒の中の1人が他のクラスの可愛い女の子を好きになり、
生徒:「先生。。。〇〇さんは彼氏がいるかな?いるか聞いてください」
私:自分で聞きなさい!
その後、彼女と無事カップルになりました。
その時は3人で豚骨ラーメンを食べに行きました。
学校からは不公平だから、実習生を食事に連れていってはいけないと厳しく注意されましたが、「無視」です。
勿論、200人全員を連れて行くことは出来ませんが、少なくとも、上記の生徒たちは人より努力して、日本語が上手になりました。
そのご褒美ですよ。
私の給料が高いのはそのせいです。
「頑張ったで賞」を1月に10人位選んであげれば良いのです。
その程度なら、連れて行くことが出来ます。
中には日本料理を目標に頑張る生徒もいるかもしれません。
もし、また実習生に日本語を教える様な事があれば、この様な事を認めてくれる学校ですね。
まあ、反対されても、そーっと連れて行っちゃうけどね。